研究の常識:論文ってなに? 

「研究室(ゼミ)で論文の読み会をやるらしい」「学部の卒業論文のテーマを決めるために志望分野のことを知っておいた方がよさそう」、そんなとき「論文」がなんなのか知らないと、探しようがありません。まちがえて論文じゃないものを論文だと思って読んでいるかもしれません。学術研究を始める上での常識のひとつ「論文ってなに?」を解説します。

ただし、この解説はロボット分野にフォーカスしているので、工学系や情報系など近い分野では似通っていますが、生物系や人文系などほかの学術分野では大きく異なる部分もあるのでご注意ください。

論文とは

大学の先生に「論文を探して読んでね」と言われた場合、それは学術論文(academic paper)のことです。研究論文(research paper)もしくは科学論文(scientific paper)と言い換えてもいいでしょう。

学術論文は、わかっていなかったことを実験や調査を通じて定量的に調べた結果や、現象をうまく説明する数理モデル、工学的な課題を解決するシステムや数理手法などを客観的に書いた文書です。学術論文は、そうでない文書、例えば論文に擬態した妄想小説とどうやったら見分けられるでしょうか?

そもそも論文の見た目はどのようなものでしょうか。いくつかの出版社や学会の、論文テンプレートの第1ページを下に並べてみました。論文タイトルと著者、著者の所属、それに概要や本文が続きます。2段組(two-column)と1段組(single-column)、どちらの形式もあります。遠くから見るとどれも専門的な文書に見えます。

論文の第1ページ目の見た目。左からASME、Elsevier、IEEE、計測と制御の論文テンプレート。

論文の書式が誰にでも手に入るということは、誰でも論文っぽい文書は作成できてしまうということです。大学の講義レポートを論文テンプレートを使って書くこともできます。つまり、見た目では学術論文かどうか判断できないということですね。

というわけで、ある文書が学術論文かどうかは、学術雑誌(ジャーナル)や学術的な国際会議で発表されたものかどうかで判断するしかありません。ロボット系のジャーナルとしては、例えばThe International Journal of Robotics Research (IJRR)、IEEE Transactions on Robotics (T-RO), Advanced Robotics (AR)などがあります。また、ロボット系の有力な国際会議としてはInternational Conference on Robotics and Automation (ICRA)やEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems (IROS)があります。

信頼できる学術誌や定評ある国際会議で発表された論文は学術論文です。そして、その信頼を支えているのが次で説明する審査システム「査読」です。

「査読」のあり・なしが重要

論文が十分に客観的であるかどうか、内容が論文の読者に正確に伝わるように書かれているか、どうやって保証すればいいでしょうか? 著者、つまり論文の書き手のモラルに頼るのは限界があります。

そこで、論文をあらかじめ複数人の専門家がしっかり読んで、クオリティが低ければ突き返し、そうでなくても必ず著者にコメントを返して論文の改良を求める審査システムが広く採用されています。これが査読(peer review)という仕組みで、学問が成立するための根幹です。査読は研究者が匿名かつ報酬なしで行いますので、遠慮のない、また損得なしの建設的なコメントが期待されます。

査読システムの概略が下の図です。

査読システムの概要

著者(authors)は学術誌や国際会議の論文受付フォームを通じて論文の草稿(manuscript)を投稿(submission)します。担当の編集者(editor)が査読者(reviewers)に依頼して査読コメントを書いてもらい、却下か採択(reject or accept)の判断を下してコメントと一緒に著者に知らせます。もしリジェクトされたら、論文を大幅に書き直したり実験をやり直したりして、別の学術誌や国際会議に再投稿することになります。もし採択されても、論文はそのまま発表されるわけではありません。査読者からの細かい質問や指摘に丁寧に答え、論文の書き直し(revise)をして再提出しなければなりません。

原稿提出から採択まで、最短でも3ヶ月くらいかかります。1年かかることもあります。ジャーナルによっては、論文の1ページ目に「受付(received)」と「採択(accepted)」の日付が書いてあり、これを見ると査読にかかった日数がわかります。

査読をクリアした論文は査読付き論文(peer-reviewed paper)と呼ばれ、査読を受けていない論文とはっきり区別されます。一方で、査読なしの学術論文もたくさん流通しており、一定の役割があります。査読なし論文は、学生の論文執筆の訓練や、研究者コミュニティの中でタイムリーな情報共有のために書かれ、読まれると思えばよいでしょう。査読付き論文と査読なし論文のちがいを表にまとめてみました。

完成度・信頼性役割
査読付き論文高い長期記録、知のアーカイブジャーナル論文、国際会議論文
査読なし論文低い速報、研究者同士の議論国内会議論文、プレプリント
査読の有無と論文の性質のちがい

査読の有無は、どのようなメディアに論文が掲載されているかで大体判断できます。学術雑誌(academic journal)に掲載されている論文は査読ありです。国際会議(international conference)の会議録(proceedings)に収録される論文も査読ありです。国内会議(学術講演会や大会とも呼ばれる)の予稿集に収録される論文は査読なしです。arXiv(アーカイブ)のようなウェブサイトに個人がアップロードするプレプリント(査読前の準備中の論文)も査読なしです。

査読なし論文の場合、審査がありませんから、非科学的なトンデモ論文が紛れこんでしまう危険性もあります。例えば、誤った数式や客観性に欠けた商品評価などであっても国内会議なら発表できてしまいます。そして「学会発表済み」などと専門家のお墨付きを得たような誤解を招く宣伝に使われる可能性があります。

査読なし論文は玉石混交ですので、査読付き論文を読むことを初学者にはおすすめします。

論文の種類

論文の掲載先やページ数を見ていくと、学術論文はさらに細かく分類することができます。そして、それぞれの価値・重みもちがっています。これを表にまとめてみました。表の中のページ数は目安です。同じ内容でも書式や図の大きさでページ数は変わってくるので、単語数でfull/shortの区別をしているジャーナルも多くあります。

掲載先分類ページ長さ査読メモ
学術雑誌
(journal)
フルペーパー(full paper)10–あり分野をまたがる人事評価などではこのフルペーパーのみを有効な業績とする。
ショートペーパー
(short paper)、
レター(letter)
6–8ありコミュニケーション(communication)もフルより短い論文
総説論文(review paper)、調査論文(survey paper)6–8あり投稿による解説論文は査読を受ける。招待による解説は査読付きにはならない。
招待論文4–なしエディター側から依頼して書いてもらう解説記事など
国際会議録
(proceedings)
フルペーパー(full paper)6–10ありロボット分野では国際会議の予稿もジャーナル論文と同程度に扱う
概要(extended abstract)2–4ありポスター発表(poster)やデモ発表(demo)など。ワークショップの論文募集などでは査読なしの場合も。
国内会議予稿集概要、予稿論文1–4なし学生による発表が大半
機関レポジトリ学位論文(thesis, dissertation)規定なし審査委員会査読システムにはのらず、学位授与機関が扱う。博士論文を指すことが多い。
ハゲタカジャーナル(predatory journal)フル、ショート、レビュー査読システムが実質的に無いに等しい、モラルのないジャーナル

解説論文(レビュー論文)はあるトピック・分野の動向や課題、今後の方向性を概観する内容の論文です。多数の論文を引用しながら論じるので、ある学術分野の「ガイドブック」として読むことができます。

大学で身近な卒業論文、修士論文、博士論文は、学位論文(thesis, dissertation)と呼ばれます。学位論文はジャーナル論文とは審査システムが全くちがいます。また、博士論文は公開が義務付けられているので別格です。学位論文と言ったら博士論文のことを意味することが多いです。

別枠として、掲載料金さえ払えばほとんど審査なしで論文を掲載するハゲタカジャーナルがあります。他のジャーナルには見向きもされないような質の低い論文ばかりが集まると考えられるので、そのような学術誌の掲載論文は引用しないように注意しましょう。

大学や研究所が発行するローカルな論文集として紀要があり、掲載された論文は紀要論文(bulletin paper)と呼ばれます。工学・情報系では紀要に発表する文化がないので省略しました。

ロボット分野では、有力な国際会議にかなりの労力を割いて6〜8ページの論文を投稿します。質の高い論文しか採択されない(採択率が低い)ので、トップの国際会議に採択された論文はジャーナル論文とほぼ同列に扱います。また、ロボット分野ではフルペーパーとレターの差をあまり気にしない傾向があります。

余談ですが、研究者の人事評価で1番重要なのは原著論文(original paper)の本数です。そして、狭義の原著論文は査読付き学術雑誌論文(フルペーパー)のみを指します。学術分野によっては国際会議には短い概要しか出さなかったり、レター論文のような短い形式をフルペーパーとはっきり区別したりするので、フルペーパー以外は共通の評価が難しいのです。

まとめ

学術論文は学術的な知見をまとめた文書というだけでなく、査読という審査システムを通じて客観性・信頼性を保証しています。査読付き論文を読みましょう。学術雑誌に載っている論文が査読付き論文です。ロボット分野においては、査読付き国際会議論文も重視されます。論文は、過去・現在・未来の研究活動をつなぐ、知の記録です。

更新履歴:

  • 2022年10月1日 査読期間、紀要論文について追記
  • 2022年9月27日 公開

(文責:新山 龍馬)

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